Past Research Report

DNA-based Robot

【 目的 】

DNAを素材としてナノスケールの構造を持つ,センサー・知的推論・アクチュエータ機能を備えたDNAロボットの構築という全体構想の中に本研究課題は位置づけられる.分子反応によって汎用性のある知的処理を実行するDNAナノマシンの動作に対して,時間制御という機能要素を実現することを目的とする.i) DNAロボットの制御系として,動作の指令用DNA分子(指令DNA)の生成量が時間とともに変化し,かつその時間変化がプログラムできる「シグナル変換反応」を開発する.ii) この反応を,外部から与えられる指令DNAにしたがい多段階の知的処理を実行する「DNAロジックエンジン」と組み合わせて動作させる.以上の二つのステップにより,指令DNAを生成するシグナル変換反応がクロックの役割を果たし,時間制御された知的処理を実行する「DNAロジックマシン」を構築する.

【 解説 】

近年,DNA分子を用いて組み上げた構造体が複数のコンフォメーションの間で変化する反応をアクチュエータの動作とみなし,機械的な仕事をするDNAナノマシンの研究が盛んに行われている.これらは環境応答型とシグナル応答型に大別される.前者は動作の指令としてイオン濃度やpHといった溶液環境の変化を利用し,後者は指令DNAの配列特異的結合を利用する.環境応答型は溶液中のDNAナノマシン全てに同じ指令が入力されてしまうため,溶液環境のセンシングなど限定的な用途向きである.より有用な仕事を実現するには,個別に指令を入力できるシグナル応答型のマシンに対して制御技術を確立する必要がある.
他方,分子反応によるDNA分子の構造変化で情報処理を行う知的DNAナノマシンはDNAコンピュータと呼ばれている.しかし,その多くはDNAはマシンというより情報保持媒体でしかなく,アルゴリズムの実行を人の操作に依存している.ナノサイズの膨大な数存在するマシンを逐一,人が操作するのは現実的ではなく分子反応自体に自律制御させるべきである.動作のリストを塩基配列でコードしたプログラムできる自律型DNAコンピュータとして,DNAでオートマトンを構築した報告もあるが,動作リストを複数のDNA分子でコードするため一つの反応容器内で並列処理はできない.また,一度処理が始まると途中で止まらず動作ごとの制御もできない.本研究では最近,1分子のDNAで動作リストをコードして並列処理を可能にし,指令DNAの投入を受けて各処理動作を実行するシグナル応答型のDNA状態機械を開発した.DNA状態機械単独では自律動作しないが,生成量の時間変化をプログラムできる指令DNA生成反応と組み合わせることで,プログラミング可能な制御系を持った自律動作する知的DNAロボットが実現できる.

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【 意義 】

本研究の第一の成果は,機械的DNAナノマシンと知的DNAナノマシン(DNAコンピュータ)双方に活用できる時間制御技術の確立である.現状,DNAナノマシン分野では一連の反応を人が操作せずに実行する自律型マシンが注目されているが,途中で制御できず各マシンが勝手に動作を進めるだけで,マシン間の協調を要する高度な仕事はできない.時間制御を実現すれば,輸送時にマシン間で分子を受け渡したり,遺伝子発現の変化に合わせて情報処理を行うといった協調動作が可能となる.その結果,DNA分子を素材とする生体と親和性のあるマシンとして,ナノテクノロジー分野のみならず生体情報処理や医療応用への波及効果も期待できる.反応システムをモジュール化してシステム自身に自律的な制御能力を賦与し,知的推論やアクチュエータ機能モジュールと独立にプログラムできる自由度の高い設計を可能にする本研究は新規性・汎用性が高く,DNAナノマシン分野における標準技術になると期待される.

本研究は科学研究費補助金(若手研究(B)18700298,新学術領域研究(研究課題提案型)20200005,若手研究(B)21700331)の助成を受けて行ったものです.